ニューヨークといえば、「マンハッタン!」、「マンハッタンといえば、「バスケ!!」というかどうか知らんが、ここマンハッタンでは、毎日バスケの試合が行われていることを知っている人は少ないであろう。週7日毎日である。
私が小学5年生、ちょうどバスケを始めた頃、「アメリカって、日本で野球のボールが転がっているくらいに、バスケットのボールが転がっているんだよ」と、チームメイトに偽情報を入れられたことを思い出す。「アメリカってそんなに、バスケが盛んなのか!?」と、子供ながらに興奮していた。
しかし、そんなことは全くない。あれから、20年近くたって、マンハッタンにいるが、転がっているバスケットボールなんて見たことがない。20年越しに、チームメイトの嘘が立証された。
でも、彼の情報は満更でもなかった。ボールは転がっていないが、確かに、バスケット・コートはたくさんある。屋内・屋外、ましては、ちょっと郊外に出ると、ほとんどの家には、車の車庫の入り口にバスケット・リングがある。
それだけ、バスケット・ボールという文化が浸透している国なのである。
私と、バスケットボールとの付き合いは、かれこれ、23年になる。それだけ長いので、すぐにやめられるはずもなく、性懲りもなくニューヨークに来ても、バスケをやり続けている。最初は、ストリートでやっていた。うまい奴がワンサカいたし、なんせ学生だった私には無料ということがなによりだった。ただ、順番だけ待ってさえいればいいのだ。しかし、チーム・プレーというバスケが身についている私にとって、そこでのバスケは少し違った。彼らのバスケは1対1の自己満足バスケであった。5対5のバスケではなかった。
そこで、チーム・プレーが出来るバスケの環境を探していた。やっと見つけたのが、「FNBA」(2005年春現在も活動中)という毎週金曜日にあったチームだった。これは、ニューヨーク在住日本人が中心のバスケだった。そこで、楽しいんでやっているうちに、やはり、それを実践で試してみたいという気持ちがどんどん大きくなってきた。
そして、その「FNBA」から、根性のありそうなメンバーを募って「FNBA2」という日本人チームを作った。多くのリーグ(大会)に参加し、日本人のバスケが、どれだけ通用するのかということに挑戦してきた。日本人だからといって、下に見られるのが大嫌いだった。日本人でも、バスケができるということを、見せたかった。そんな、がむしゃらな気持ちでやっていた。
そして、更に夢は大きくなっていく。
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