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2003/03/27 [超・私的反戦日記:25万人の反戦パレード] from Maki Sano
こんにちは!今日のメールはマジで長いです。
お急ぎの方は、後ほどゆっくりどうぞ・・・

3/22(土)、マンハッタンで行われた
大規模な反戦パレードに参加してきました。
極寒地獄だった先月2/15の反戦集会とはうって変わって、
春の到来を思わせるうららかな天候にも恵まれ、
当初予想されていた10〜15万人を大きく上回る
25万人(主催者発表&CNN報道)の人出となりました。

コースは、42丁目のタイムズスクエアを正午に出発して
マンハッタンをたすき掛けに貫くブロードウェイを南下、
4丁目のワシントンスクエアでゴール、というもの。
ふだんなら小一時間もあれば歩ける距離ですが、
ゆっくりゆっくり、2時間以上かけて歩きました。

土曜日で、昼間で、天気も上々で、
なにより合法で安全なパレード、ということで、
2/15と比べて、小さな子供を連れた家族や
中学・高校・大学生風の青少年がとても多かったです。
もちろん、かつての血が騒ぐ団塊の世代や
私と同じ働きざかりの世代も大勢来ていました。

皆、思い思いのメッセージを書いた手作りプラカードを持ち、
誰からともなく発せられる号令に合わせてシュプレヒコールを叫んだり、
楽隊や太鼓の音に合わせて歌ったり、リズムをとったり、
時折やってくるTVカメラに向かってピースサインを出したりと、
(今も爆撃に怯えているイラクの人たちに申し訳なくなるくらい)
楽しく、賑やかに、元気いっぱいパレードを満喫していました。

本当は各々、心のどこかで鬱々とした想いを抱えているのでしょうが、
「どうせ青空の下でパレードするなら、歌って踊って大声出して
気持ちよく発散させなきゃ!さあ、今日は言いたいことを
全部言って帰るぞー!」というような空気が、そこここで感じられました。

●悲願のパレード

思えばこのパレードは、NYでイラク攻撃への反対運動を続けてきた
私たちにとって、悲願ともいえるパレードでした。

なぜ悲願かというと、あの、極寒のなかバリケードに閉じ込められ、
トイレにも行けず一日横断幕を持ち続けた先月2/15の反戦集会は、
本当は「集会」ではなく「パレード」になるはずだったのです。ところが、
ブルームバーグ市長率いるNY市当局がパレード許可の発行を拒み続け、
最終的には1アベニューにバリケードで固めた特別区域を作って、
その中に私たち参加者を閉じ込めて集会させたのでした。

あの日、私と友人たちは朝早くから現場に着いていたため
1アベニューの最前列のブロックに入ることができましたが、
少し遅れてやってきた数万人の参加者たちは、
1アベニューに入りたくてもNY市警の騎馬隊に阻まれて入れず、
シュプレヒコールやブーイングで不満を爆発させました。
警察は、(その場にいた友人の話によると)いちばん声の大きな人や
目立つ人を1人、2人と見つくろっては逮捕、連行した、とのこと。
群衆はそれを見てさらに怒り、騒ぐ。そしてさらに逮捕者が出る・・・
そんな悪循環が、ついには乱闘や催涙スプレー撒布にまで発展し、
300人以上の逮捕者を出す大騒動となったのでした。

「市当局が最初からパレードや仮設トイレを許可していれば
こんなバイオレンスはなかった。」誰もがそう思いました。
そんなわけで、今回、晴れてパレード許可がおりて
大手をふって街を歩けるのは、本当に嬉しいことだったのです。
市当局も、前回の乱闘劇で少しは群衆の扱い方を学んだようです。

●14カ国語の虹色バナー

さて、2/15の集会と同様、今回も私と友人たちは
日本語で「世界中が戦争にNO!」(イベントスローガンの和訳)と書かれた
長さ2.5メートルほどのバナー(横断幕)を掲げ持つ、
というミッションを担っていました。

これは、パレードの主催団体である
ユナイテッド・フォー・ピース&ジャスティスの
アート部門が企画製作した14本のバナーのうちの一本で、
日本語の他に、NYを代表する14言語--英語、タガログ語(フィリピン)、
ハングル語、スペイン語、ドイツ語、アラビア語、ヘブライ語、スワヒリ語、
ロシア語、ウルドゥ語(パキスタン)、イタリア語、フランス語、中国語の
バナーが用意されました。バナーごとにイメージカラーが割り当てられ
(日本語は赤。真紅の地に白のゴシック体で印字されています。
最初、アート部門の米人スタッフは「明朝体の方がエキゾチックだ」と、
いかにもアルファベット圏の人間らしい理由で明朝体を使いたがったのですが、
「濃い地色の上に明朝体をのせると横の線が消えてなくなる
--実際アメリカの印刷屋ではよくあること--かもしれないぞ〜!」
と脅かしたら、しぶしぶゴシック体に変えてくれました。
おかげで遠くからでもはっきり読めるバナーになりました) (^^)Y
14本全部を並べるとレインボーカラーになるようにデザインされています。

これらのバナーを、各言語を代表するボランティア(私もその一人)が
パレードの先頭部分で数十メートルおきに掲げ持ち、
「世界中がこの戦争に反対している」というメッセージを
沿道の人々はもちろん、TVカメラの向こうにいる政治家たち、
さらには世界のお茶の間にもビジュアルで訴えよう!という
なかなかよく考えられた企画でした。

●苦難のプラカード作り

パレード前日のことです。
パレード中に日本語バナー持ちを交代してくれる有志が
何人かいそうだということが分かったので、
彼らがバナーを持ってくれているあいだ
その傍らで自分が持つためのプラカードも作っておこう、
と思い立ちました。

「さて、何を書こうかな」と考えたとき、
私の脳裏に、数日前TVのニュースで見た男性が蘇りました。
それは、イラク開戦間近のタイムズスクエアで、
道行くニューヨーカーに「イラク攻撃への支持・不支持」を問う
インタビューのコーナーでした。
「戦争はいやだけど、自由を守るためには仕方ない」とか
「他国の理解を得られない戦争は間違っている」
などと答える人々に続いて、その男性は登場しました。
細部まで覚えていなくて申し訳ないのですが、彼は戦争支持派であり、
「アメリカを支持してくれる同盟国--日本とかね―の人々と
心をひとつにして闘う」というような内容をしゃべりました。
その、「日本の人々と心をひとつに」を聞いた私は、思わず
「おいおいおいおい〜、そりゃ違うよ〜」と声に出してしまいました。
と同時に、「日本国民の声がいかに世界に届いていないか」を、
(分かってはいたものの)今さらのように痛感しました。

で、こう書くことにしました。
表面:「メディアを鵜呑みにしないでください」
裏面:「日本人の80%はこの戦争に反対しています」
ふだん「日本人」を前面に打ち出して主張することはあまりしない私ですが、
日本語バナーとともに日本人代表として歩く今回は別です。
日本は例の「30カ国同盟」に名を連ねているけれども、
政府が暴走しているだけで、国民の大多数はこの戦争を支持していない、
ということを、ニューヨーカーたちに知ってもらいたかったのでした。
知ってもらったところで情勢が変わるわけではないでしょうが、
「とにかく、これだけは言っておかなくては」という思いで…。

プラカードを作る前に、一応、数字の裏を取っておこうと
インターネットをチェックしました。
ちょうど、開戦後に行われた最新世論調査の結果が出ていました。
「イラク攻撃不支持68%、支持25%」(日経、3月22日)
……うそ、先月は80%近かったのに、減ってるよ……
……戦争始まって、腰砕けたのかなあ……
……ああ、見なきゃよかった、でも見てしまった……
私も腰が砕けそうになりましたが、いやいや、
68%でもアメリカに比べれば立派なもの、と思い直し、
「日本人の70%近くがこの戦争に反対しています」
と書くことにしました。ああ、インパクト、弱い… (T_T)

ともあれ、自宅のマックで巨大文字をプリントアウトして、
要らなくなったポスターの裏にぺたぺたと貼っていきました。
ここで、もうひとつ越えなくてはならない難関が登場します。
プラカードの「持ち手」の部分をどうするか、です。
先月参加した集会では、薄い木の板をプラカードの持ち手にしました。
ところが、現場に入る前に警察官に止められて
「木の持ち手はダメ。プラカードはここに捨てていきなさい」
と言われました。せっかく夜なべして作ったものを捨てたくはないので、
やむなく持ち手の部分をへし折って、ボードだけを持って現場に入りました。
周りにいるデモ慣れした感じの人々を見ると、皆さん、
トイレットペーパーの芯を細長くしたような紙筒を持ち手にしている。
そういえば、主催者が用意した14本のバナーも、
サイズは大きいけれど留め具以外すべて布と紙でできている。
どうやら、武器になるような堅いものは、
この手のイベントには持ちこめないことになっているらしい…
(実はこの時私のバックパックの中にはハサミやアーミーナイフも
入っていたのですが、これは一切調べられませんでした。危ないですねえ)

何はさておき、あの、細長い紙筒を探さなければなりません。
でも、あんなものを売っている店なんて、見たこともありません。
パレード前日、暮れゆくビレッジの通りをうろうろと歩き回りました。
家人が「画材屋で売ってる大きなロール紙の芯を分けてもらえば?」
というので、近所の画材屋を3軒まわってみました。
どの店にも、確かに、ある。でも分けてくれない。
「ちゃんとお金払うから、売ってよ」と言っても
「売り物じゃない」と断られてしまいます。
最後の店で、紙売り場の女性店員に「絵を持ち運ぶ筒なら
プラスチック製のが1階にあるからそれを買って」と言われて
「だめなの。プラスチックじゃ。紙の筒じゃないと。
明日の反戦パレードでプラカードの持ち手にしたいの」
とあきらめ顔で答えたら、そばで聞いていた男性店員が
「なんだ、それを早く言いなよ」と、カウンターの奥から
手頃な長さ&太さの紙筒を出してきて、ホイ、とくれました。
「反戦プラカード用だ」と、もっと早く言っていれば良かったのでした ^^;)

●群衆は止められない

こうして無事プラカードも完成し、パレード当日がやってきました。
パレードは正午開始ですが、主催者から「バナー班は10時半に36丁目に集合」
と言われていたため、9時45分くらいには家を出ました。
さすがにこんなに早くからパレードに向かう人はいないようで、
大きなプラカードを持った私は、地下鉄の中でちょっと浮いていました。
現場につくと、ストリートに立てかけられた色とりどりのバナーの前で
友人が手を振っています。他言語のバナー班はまだ誰も来ていない様子。

アート部門の責任者トーマスに挨拶をし、ストリートに座って
パンとコーヒーを胃に流し込んでいる間に、日本語バナー班は全員到着。
数ブロック北のタイムズスクエアに収まりきらず溢れ出したパレード参加者たちも
どんどん周囲を埋めていきます。なのに、なぜか日本語以外の言語のバナー班が
一人も来ない。トーマスに「ちゃんと事前に確認とったの?」と聞くと
「前回手伝ってくれた人たちにメールしたけど…」と、いかにも自信なさげな答え。

そうこうしているうちに、ストリートを埋め尽くした群集は
笛や太鼓を鳴らしたり、雄叫びをあげたりと、どんどんエキサイトしてきて、
これ以上じっとしているのに耐えられない、といった様相を呈してきました。
そして11時40分、正午までまだ20分あるにもかかわらず、
まるで堰が切れたかのように、群集はダウンタウン方向へと流れ始めました。
警官たちも、もはやこの群集を止めることは不可能とあきらめたのか、
手出しをせずに傍観しています。それどころか、私たちに向かって
「おいおい、バナーは先頭を歩くんだろう?
早く行かないと、パレード始まっちゃったぞ」とけしかけます。

こうなってしまったら、もはや日本語だ何だと言ってられません。
トーマスと日本語バナー班、そしてたまたまその場に居合わせた人たちで、
ストリートに立てかけてあった14本のバナーを
急遽パレードに担ぎ入れることになりました。
英語のバナーがいちばん先頭を行かなくてはならないと聞いていた私は、
NGO「ニューヨーカーは戦争に反対」の米人女性スタッフと2人で
あわてて英語のバナーを担いで、なんとかパレードの波にもぐりこみ、
先頭集団に追いつくことができました。後ろを振り返ると、
まだかなりの数のバナーがパレードに合流できずにいるようでしたが、
私はすでに英語バナーの一端を担いでいたため、後方の様子を伺いに
行くこともできずにいました。後で聞いた話ですが、
実は日本語バナー班(女性ばかり+10代の少年1人)はこのとき、
1人3本ずつバナーを担いでパレードに入った!とのこと。
(知らなくてごめんね、みんな、重かったでしょ〜) m(_ _;)m
もちろん、無事パレードに入った後は、周囲の人たちが
手伝ってくれたため、3本も持つ必要はなかったそうですが……
いまや「自分の言語は自分が持つ」なんてコンセプトは
どこかに吹き飛んでしまって、結局、日本語バナー班は、
英語、日本語、中国語のバナーに散り散りとなって、
そのまま最後までパレードすることになったのでした。

そして、このゴタゴタのなか、私はすっかり忘れていました。
そう、夜なべして作った自分のプラカードのことを……!
さようなら、私のプラカード。(T_T)
きっと、誰か心ある人が拾って担いでくれてるよね。

●歌って叫んでパレード中

たぶん、皆さんがもっとも知りたいのは、
ここから先、つまりパレード中の様子なのでしょうが、
先頭集団で英語バナーを持っていた私は、あちこち動き回ったり、
写真を撮ったりはおろか、後ろを振り返って見ることさえなかなかできず、
(ちょっと風を受けるだけでバナーがあおられてつんのめりそうになるので
いつも姿勢良くまっすぐに歩いていないといけない)
後ろの方がどういうことになっていたのか、よく知らないのです。
大きなビデオカメラを抱えたTVクルーや、デジカメを持った一般の人が
入れ替わり立ち代りやってきては前に立ちふさがり、撮影し、去ってゆく、
という光景はいやというほど見ましたが……。それから、
左右の沿道に鈴なりになった人々が、手を振ったり、ピースサインを出したり、
自分のプラカードを見せたりして、歓迎してくれる様子……。
あとはもう、私の真後ろにいる楽団が奏でる、すごい音量のミュージック!!
興奮したトロンボーンがときどき私の背中をつついてくれます。

両手がふさがっていて何もできない私は、もっぱら楽団の人たちと一緒に
「ウィ・シャル・ノット・ビー・ムーブド」
(私たちを動かすことはできない、私たちは流されない、というような
意味合いでしょうか)という有名な歌の替え歌を歌って歩きました。
♪平和は愛国のしるし、ウィ・シャル・ノット・ビー・ムーブド
戦争は愚かさのしるし、ウィ・シャル・ナット・ビー・ムーブド
水際でもしっかりと立つ木のように、ウィ・シャル・ナット・ビー・ムーブド♪

ときおりトーマスが先頭集団の前に踊り出てきて、
「何が欲しい?!」と大声で叫びます。
すると皆がいっせいに「ピース!」と、2本指を出す。
「いつ欲しい?!」と再びトーマス。「ナウ!」と2本指。
「何?」「ピース!」、「いつ?」「ナウ!」
と、今度は短縮版。これを何度か繰り返し、最後は
「ピース!ナウ!ピース!ナウ!」の大合唱。
こうして盛り上げることによって、パレードが大いに活気づくわけですね。
しばらくしてまた何となく空気がダレてくると、
再び誰かが「ヨー、エブリバディ、何が欲しい〜?!」と。
この号令をかける人はたいてい決まっていて、
見たところ主催者団体のスタッフのようでした。
平和を望む気持ちはひとつでも、
群集はなかなかに飽きっぽいものなので、
いろいろと工夫が必要なのですね。

●終点、ワシントンスクエア

後ろの方で何が起こっていたかは存じませんが、
少なくとも先頭集団はなごやかに、楽しい気分で
ワシントンスクエア公園に到着しました。

すでに公園周辺は人々で溢れていて、
これから残りのパレード参加者が続々とここに到着したら
どうなっちゃうんだろう?という思いが頭をかすめましたが、
なにしろその時点では、このパレードがどの程度の規模であるのか、
誰にも分からなかったので、まあ何とかなるだろう、と考えていました。
(実際には、私たち先頭集団が4丁目のワシントンスクエアに着いたとき、
パレードの最後尾はまだ35丁目にあったのでした!)
トーマスの指示で、バナーは到着した順に公園内の一角に並べられました。
ずらりと並んだレインボーカラーのバナーはなかなか壮観で、
たくさんの人が周りに集まっては記念撮影をしていました(私たちも… ^^;)。
公園内のコンクリートの地面には、無数のチョークが置いてあり、
誰でも自由に落書きができるようになっていました。
やはり、ピースマークとかハートとかがたくさん描かれていました。

パレードを終えた人たちのなかに知り合いの顔を見つける場面も多々あり、
「いやー、久しぶりー!」だの「来てたんだー!」だの挨拶を交し合っているうち、
すごい人出になってきたので、ちょうどお腹も空き始めた日本語バナー班は、
一旦、近くのピザショップにごはんを食べに行くことになりました。
おいしいピザとビールとワインで乾杯をして、互いの労をねぎらい、
満腹になって、再びワシントンスクエアに戻ったのは、
午後4時過ぎだったでしょうか。
私たちは、公園の雰囲気が何かピリピリしているのに気づきました。

警官の数も、さっきと比べて格段に多い。いや、多いなんてもんじゃない。
公園西側の外輪が、ずらーーーっと数層に並んだ警官で埋め尽くされ、
その警官隊と、公園の中のパレード参加者たちがにらみ合っています。
「なにこれ〜、NYPDってこんなにたくさんいたっけ?」
「サクラよ、サクラ。警察学校の生徒にも制服着せて立たせてんのよ」
などと私たちが軽口を叩いていると、いきなり群衆の側から
「シェイム(恥知らず)!シェイム!シェイム!」の大合唱が。
柵の上に立ち上がって少し高いところから騒ぎの中心を見ると、
どうやら先月の集会のときと同じく、反抗的な態度をとった人が
少しずつ逮捕され始めたようです。なにしろあまりにもすごい人混みで、
逮捕された人が、逮捕されるようなことを本当にしたのか、
それとも単なる「見せしめ」として逮捕されたのか、
把握できている人は皆無と思われるのですが、とりあえず皆、
仲間が逮捕された、ということで「シェイム!」を叫んでいました。
そのうち、--逮捕するならまずブッシュを、ということなのでしょう--、
「アレスト・ブッシュ(ブッシュを逮捕しろ)!」とか
「インピーチ・ブッシュ(ブッシュを弾劾せよ)!」
という声まで上がり始めました。ほとんどの警官たちは
苦々しい表情のまま、黙って人間バリケードの一部となっています。

「週末なのに仕事にかり出されて、恥知らず呼ばわりされて、
ああイヤだなあ、早く家に帰りたいなあって思ってるんだろうなあ」
と、友人が警官たちの気持ちを代弁していましたが、確かに、
今日のNY市警は先月の集会時に比べてずっと「しぶしぶ」やっている感じでした。
むしろパレード参加者(家族連れなどは公園到着後速やかに帰路に就きましたが、
日頃からの怒りがたまりたまった人々は、そう簡単にここを離れられない)
の方がすぐ熱くなって、警察やブッシュをこきおろすことに快感を見出している
ようなところがありました。結局この日は90人以上が逮捕されたそうですが、
警官も十数人負傷したとのこと。参加者から警官へ催涙スプレーが撒かれた
(先月やられた仕返しか?)、というニュースも後で目にしました。

こういうちょっと危ない傾向は、開戦以降ますます強まっているように感じます。
ブッシュや米国を嘲笑のネタにする本やチェーンメールの根強い人気。
被害者意識に凝り固まって、事実を事実として受け入れられない人々。
怒りの持って行き場を探しあぐね、お手軽な敵を見つけて発散する人々……。
どう考えても許されるはずのないこの戦争が始まってしまって、
どんどん人が死んでいくことに対する、「こんなに言っても分からないのか!」
という彼らのいらだちは、痛いほどによく分かるのですが、
でもそこで警官に催涙スプレーを撒いたんじゃ、ブッシュと同じ穴のムジナです。

汚い言葉で警察をののしる人々の後ろで、次の反戦集会に向けて公園使用許可を
少しでもとりやすくするため、皆がまき散らしたゴミや壊れたプラカードを
せっせと拾ってゴミ袋に詰めている若い女性スタッフの姿が、眩しく映りました。

●おしまいに

イラク側にも、米英軍にも、多くの死傷者が出ているいま、
パレードでお祭り騒ぎをしているなんて不謹慎だ、とか、
戦争は始まってしまったのだからもう何を言っても手遅れだ、とか、
米英が勝つのは必至なのだから、その後のことを考えろ、とか
解決法も持たないのに反戦を訴えるのは片手落ちだ、とか、
いろいろな意見があると思います。

私自身、かの地で起きている悲惨な出来事を横目で見ながら、
こんな、脳天気ととられ兼ねないメールをお送りするのは気がひけるのですが、
今、私たち一人ひとりが「自分らしくある」「正気でいる」ということが
とても大切な時期に来ているのではないだろうか、という気がして、
あえて、私のもっとも(?)私らしい動きを報告させていただきました。

友達がこう言うから、世論がそうだから、政治家がそう決めたから、
ではなく、今の世の中を、自分自身の頭と心で受けとめ、考えて、
答えが出なくてもいいから、少なくとも自分がより楽でいられる状態
--多分それは何もしないことでなく、自分を裏切らずにすむ状態--をつくる。
私の場合はそれが、アート班と一緒にバナーを作ったり、プラカードを書いたり、
あちこちの集会を覗いたり、賑やかな歌を歌いながら皆でパレードしたり、
こうして皆さんに迷惑メールを書くことだったりするわけです。
こうしていることで、激流に流されないようふんばっていられたり、
自分自身や、この国や、意見を異にする人たちを、憎んだりせずにすんでいる、
つまり「自分らしくいられる」「正気を保っていられる」のです。

一人ひとりの心の平和なくして、世界平和はあり得ないでしょう。
そんな想いも含めて、3/22(土)に行われた25万人の反戦パレードを、
あえて個人的体験というかたちでレポートさせていただきました。
当日の様子は、下記のフォトギャラリーなどでも見ることができます。
http://f15.nycimc.org/gallery/march22

Peace.
Always,
Maki

PS
そういえば、私の手作りプラカード!
ワシントンスクエアで人混みに押されて
友人らと離ればなれになってしまったとき、
柵の上に立って皆を探していたら、なんと!
私のプラカードがこっちに向かって歩いてくるではないですか!
柵から飛び降りて駆け寄ると、掲げていたのは初老の白人男性でした。
「それ、私のプラカードなんです!なくしたと思ってました」
と言ったら、にこにこ笑いながら
「そうだったの、いや、ミッドタウンで見つけたんだけどね、
気に入っちゃったから、私が持つことにしたんだよ」
と言いながら返してくれました。
「これはいいプラカードだから、捨てないでとっておいて
次の集会にもちゃんと持ってくるんだよ」との嬉しいお言葉も。
ウルウル〜 (T_T) おじさん、ありがとう。ピース。

   
   
   
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Maki Sano プロフィール:
自然と平和を愛するコピーライター。エスペランティスト。ニューヨーク在住。
「メッセージ from NY」のコーナーでは、Makiさんが配信しているメールニュース『NY Estuary』を転載しています。メールニュースを直接受信したい方は、こちら↓まで。
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