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2002/02/02 [元イスラエル兵のメッセージ] from Maki Sano

知人からもらった「元イスラエル兵のメッセージ」、
一読に値すると思うので転送させていただきます。
Maki

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元イスラエル兵士のひとりからのメールを転送してくださった方がありま
す。翻訳してご紹介します。

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まず自己紹介を。僕はイスラエルの中心にあるキブツで育った。1967年1月にイ
スラエル国防軍に徴兵され、67年戦争の時には、シナイでシャロン陣営で戦った。

その後、1969年の消耗戦のときには、6ヶ月をスエズ運河で過ごした。予備兵と
して、ガザでの任務にあたった。73年には、戦時中と戦後、6ヶ月にわたり、動
員がかかった。はじめは、東側の国境で、それからレバノン国境での任務だった。

僕は、直接命令を一度拒否したことがある(1967年のことだ。捕らえられたエジ
プト兵を処刑せよ、といわれたのだ)。しかし、僕は一度も起訴されなかった。
確かにちょっとばかり、そう24時間ほど、拘置所で過ごしたことはある。基地か
ら自宅までヒッチハイクをしたときに、ベレー帽をかぶっていなかったからだ。
しかし、それ以外は、僕はとても「いい子」だった。言われたことをやり、従う
べき道にだいたいは沿って、生きてきた。

ともあれ、いま僕は、「Yesh Gvul」と「New Profile」のために、こうして活動
している。Yesh Gvul は、占領地での兵役を拒否する兵士たちを支援している。
New Profile は、いろいろな取り組みをしているが、軍隊での兵役につきたくな
い人々を支援する活動も行っている。

僕は、イスラエル軍で兵役をつとめ、占領地にも兵士として立ったことがある。
じゃあ、僕がここで何をしているのか、だって? その質問に、この10分ぐらい
で答えようと思っている。

僕らはいつも、軍隊で兵役につくこと、そして戦争で戦うことは、英雄的な行為
だと聞かされる。実際には、自分の心中を振り返ったことのある兵士ならだれで
もそう言うだろうが、軍隊に参加し、「お国のためなら喜んで命を投げ出します」
という思いの原動力となっているのは、多くの場合、高貴な理想ではなく、規範
に従わなくては、という藁にもすがる気持ちと、仲間に拒絶され辱められたらど
うしよう、という恐怖感なのだ。

67年戦争での兵役が終わる頃には、僕は、さまざまなことを見てきたので、イス
ラエル兵士の特性だといわれる「汚れなき軍」というスローガンが、プロパガン
ダのツールに過ぎないことがよくわかっていた。

僕は、1967年の戦いのあとに、数十人の捕まったエジプト兵が即座に処刑された
のを見た。パレスチナの女性と子どもたちが、西岸の自分たちの家に戻ろうとし
ていた、というだけで撃たれたのを見た。ガザの若いイスラエル兵が、自分の祖
父ぐらいの高齢のパレスチナ男性につきまとって屈辱を加えるのを見た。

さらに、73年の戦争が始まり、避けようのない混乱状態の中で、僕は最終的に自
分の部隊に加わったが、そのとき僕は、この戦争はまったく不必要なものである
ことを重々知っていた。エジプトのサダト大統領が1971年に平和提案をしたこと
を知っていたし、イスラエル政府がそれをどのように拒絶したかも知っていた。

73年の戦争のあと、僕はPLOと戦うためにレバノンに送られたが、PLOは狂
信的なテロリスト集団ではまったくなく、抑圧され、立ち退かされた人々の合法
的な代表であることをはっきりと知っていた。

しかし、それでも、僕は、立ち上がって「嫌だ、僕は行かないぞ!」と言うこと
ができなかった。僕は、孤立感に苛まれ、怖くて、ひとりぼっちで絶望していた。
僕の知り合いは、精神病のフリをして軍隊から逃れることができた。僕には、そ
れはできなかった。

その時の画一的なイスラエルの文化風土、そして、それから外れたくないという
自分の気持ちから、僕(や僕のような人々)が、「従え」というのしかかるよう
な圧力に抵抗することなど、できはしなかったのだ。

そして、我が国の政治的指導者たちもそれを知っていた。そして、それを最大限
に利用していた。イスラエルの軍事力が強力になればなるほど、武力によらない
平和的手段ではなく、軍事力を行使する傾向が強くなってきた。

占領はどんどん厳しくなり、さらに過酷になっていった。レバノンは1979年に侵
攻され、1982年にふたたび侵攻された。2度目の侵攻は最初のものより大規模だっ
たが、政治的指導者たちは、あまりにもずうずうしく武力を行使したので、この
戦争は、「選択された戦争」と公然といわれている。

「平和的な代替策があることは、我々も知っている」と、実際、政府は兵士たち
に言った。「しかし、我々は、そのような平和的な方法は採らないことにした。
君たちには、口を閉じて、言われたことを行うよう期待する。君たちの命が犠牲
になることになろうが、もちろん、君たちが殺すことになるであろう他者の命を
犠牲にすることになろうが、だ。」

この瞬間に、Yesh Gvul が誕生した(Yesh Gvul とは「限界がある」という意味
だ)。イスラエル史上はじめて、兵士たちがひとりならず、好きなときに好きな
ところで武力を行使する政府の権利について、敢えて問いただしたのである。

大規模な動きではなかった。いまでも、である。しかし、当時もいまも、Yesh
Gvul は、国全体の道徳の羅針盤だ。(僕とは違って)圧倒的に強力な体制派に
敢えて挑もうという良心ある兵士たちに対して、この上なく大切な精神的・社会
的な支援を提供している。

1987年12月に、最初のインティファーダが勃発したとき、イスラエル国防軍は
“防衛”とはほとんど無関係だということが次第に明らかになってきた。そのと
き、Yesh Gvul は、占領を目にしてそれがいかに残忍なものであるかを知って
加担することを拒んだ兵士たちを導き、手を差し伸べた。

僕は、米国での「Yesh Gvulの友」の共同設立者であることを誇らしく思ってい
る。ここから手助けの手を差し伸べることができることはとてもうれしい。自分
が参加したいかなる戦いでの僕よりも、Yesh Gvulの兵士たちは勇敢だと思う。

けれどもおそらく、Yesh Gvul の最大の業績は、このような動きがあることで、
イスラエルの一般国民が、イスラエルの政治や文化全体が次第に軍国主義化して
いくことに疑義をはさみはじめることができるようになったことだ。そしてここ
にNew Profile が出てくる。

僕が最初に、New Profile について聞いたのは、この共同設立者であり、テルア
ビブ大学での大学時代の旧友である小説家、Rela Mazali からだ。1999年6月、
彼女は僕に、「New Profile 設立趣意書」を添付したメールを送ってきた。

その一部を紹介しよう。
「私たち、フェミニストの女性や男性たちは、自分たちが兵士の国に住む必要は
ないと強く信じている。・・・イスラエルは、軍国主義社会である必要はない。
私たちは、自分たちも子どもたちもパートナーたちも、終わりのない戦時体制の
中にいる必要はない、兵士として生き続ける必要はない、と信じている。

私たちは、イスラエルでの戦争状態は、私たちに襲いかかる対外的な勢力によっ
てではなく、我が国の政治家たちの行う意思決定によって維持されていることを
知っている。

「我が国は制御できないほどの脅威にさらされている」ことを信じるよう教えら
れてきたが、私たちはいまでは、「国家安全保障」ということばが往々にして、
政治的な目標を達成するために軍事行動を選択する、計算された意思決定を覆い
隠してきたことを知っている。

私たちはもうこれ以上、このような選択に参加したいとは思わない。私たちは、
これからもずっと、批判もせずただ従順に、兵士を軍隊に供給することで、彼ら
がこのようなことをし続けられるようにはしない。・・・

私たちは、これからもずっと、国の指導者たちが、戦争以外の解決策を構築する
のではなく、いとも簡単に軍隊を配備し続ける一方、自分たちは、戦時体制に生
き、兵士にするために子どもたちを育て、戦争に駆り出されてゆくパートナーや
兄弟、親たちを支援し続けるようなことはしない。・・・

イスラエルの覇権主義的な風土が、力や武力への賞賛を育んでいる。若者は、入
隊を勧める人々の知恵と誠実さを信じて、志願して軍籍に入る。・・・どの親も、
我が息子、我が娘を兵士になるための教育に積極的に手を貸している。

しかし、多くの女性や男性、親や若者たちが、誇りを持って、道徳心から、イス
ラエルの絶えざる「選択した戦争」に異議を唱えている。私たちは、「グリーン
ライン」の向こう側でイスラエルが主権を執行するために軍事的手段を行使する
ことに反対である。私たちは、軍隊や警察、防衛組織を使って、イスラエルのパ
レスチナ市民を抑圧し、差別し続ける一方で、彼らの家を破壊し、建設や開発を
行う権利を認めず、デモを暴力で蹴散らしていることに異議を唱える。・・・」

この文書は他の問題についても触れ、最後にこのように結ばれている。
「私たちの側では、「兵役は最も重要な至高なものだ」と考えるように子どもた
ちを育て続けることを拒否する。私たちは、根本的な教育制度の変革を求める。
子どもたちに、兵役につき、戦争を受け容れよと訓練するのではなく、平和と紛
争解決の実践を教える、真に民主的な公民教育を求める。」

これが、1999年6月だった。第二のインティファーダが勃発する1年以上まえの
ことだ。それ以来、 New Profile はその活動を広げてきた。良心的徴兵忌避者
を支援し、主流ではない情報源からの情報を伝え、占領地で飢えかけているパレ
スチナ人を援助し、教育に対する軍事の影響に対して、イスラエルの大学で討論
会を開催する、など。

彼らは、いまでもそのような活動を、予算も正式の組織構造も、いかなる階層構
造もなしに、続けている。疲れを知らないボランティア活動に支えられた、真の
草の根の組織である。

イスラエル社会の状況のなかで、この取り組みがどれほど敢然とした心強いもの
であるか、いくら強調しても強調しすぎることはないだろう。実際にイスラエル
で育たなければ、これを本当には理解するのは難しいかもしれない。

もちろん、イスラエルで、政府に反対する政治運動が起こったのは、これがはじ
めではない。けれども、イスラエルが道徳的にも政治的にも存続していくうえで、
軍国主義と権力崇拝こそ大きな脅威であると強く打ち出したのは、はじめてであ
る。また、女性たちがわかりやすく明確化した政治的な議案を持った運動として
も、これは最初のものである。兵士の母親たち、妻たち、娘たちが、「もう結構」
と思ったのである。

そしていまでは、Yesh Gvul の男性も女性も、New Profile の男性も女性も、協
力して取り組みを進めている。彼らには共通することがたくさんあり、そのため
に仕事を投げ捨てて取り組んでいる。

昨年は、パレスチナ人にとって、本当に国家的な悲劇の一年だった。しかし、イ
スラエル人、特に、良心のあるイスラエル人にとっても、とても困難な一年だっ
た。

兵士にとって、当局と正面から対決し、兵役を拒否することはとてもとても大変
なことだ。特に、恐怖と挫折感から、国の大部分の人々が、人種主義が煽る対外
強硬論の狂乱に飲み込まれているときには。

母親にとって、抵抗しがたい支配的な文化風土に正面から立ち向かい、自分の息
子に対し、国家が彼に行うように要請していることを自分は信じていない、と
告げることは、本当に本当に大変なことなのである。

Yesh Gvul の兵士たちや、New Profile の男女たちこそが、イスラエルの真のヒー
ローだ。彼らは、私たちの目のまえで狂乱に沈みゆくこの国の中で、文字どおり
孤立無援である。しかし、彼らは、イスラエルを正気に連れ戻すことのできる導
き手なのだ。彼らは、私たちが提供できるあらゆる助力と支援を必要としている。

                           (翻訳 枝廣淳子)

YESH GVUYL's website: http://www.yesh-gvul.org/english.html
NEW PROFILE's website: http://www.newprofile.org/english/index.html


Maki Sano プロフィール:
自然と平和を愛するコピーライター。エスペランティスト。ニューヨーク在住。
「メッセージ from NY」のコーナーでは、Makiさんが配信しているメールニュース『NY Estuary』を転載しています。メールニュースを直接受信したい方は、こちら↓まで。
http://www.emaga.com/info/
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