先の満月は、見事でした。光るというのはこういうことかと思うほど・・・いやいや、懐中電灯やおひさまだと、光ってるわけですが、光源は直視できなくてじっくり見れない。少し欠けてても、こういう生き物みたいな迫力は見られません。存在感のおかげか、いつも月など見つけない5歳の息子の目に、止まりました。「おかーさん!見て!月!」私が浅い風呂桶に手を突っ込んでまぜまぜしてる間に、いつもなら先に月を見つける2歳の娘がとたとたとたと見に来ました。「ま、るーい!」
その前日、息子は日本語の補修校で、お気に入りのせんべい柄のてぬぐいを頭に巻いて、お月見団子を作り、自分でもこれはうまくいったと思える丸め具合だったらしく、家までの帰り道、とてもうれしそうに話していました。いくつ食べたか忘れるほど食べたらしいです。
その日がまた蒸し暑く、途中3人で、引くほど大きいかき氷を2つ食べ、セント・マークス教会のお墓があるところで、兄はたまごっちの世話を、妹は落ちてる木の種拾いなどしてお茶を濁し、「やっぱり今日はつまらないノー・フレンズ・デーになると思ってたんだよ」と、たった今学校で友達に会っていた誰かが英語で言い、そのTシャツの背中をつかんで妹が「ちゅ、ちゅー!るいじ!ちゅ、ちゅー!」「好きじゃない、これー」「ちゅ、ちゅ、ちゅー!」「そこ信号んとこ渡るから、それやめようにこ、ストローラー乗ろう。」そこからどうやってそうなったのか、いつの間にか、めったににこがしようとしないことだが、「るいじとお手てをつないで」歩いていた。ひとつ無事に渡り終えてもそのまま二人でつないだまま歩き、つないで歩いてるといつもはしない、会話をするのだった。るいじが「にこ、パックマンは好き?」とか、「たまごっちは好き?」という質問を、ことにパックマンなど見たことも無いにこに聞くのだが、彼女も大きな声で、「うん、パックマンは・・・」と何か答えているのだった。私には解読できないものの、兄と妹はアパートの建物の前までそうやってずっとおしゃべりをしていた。るいじなどは、「とっても楽しい、天国にいる気分」と言い、目はふたつとも終始、Cを半回転させて空きの部分を下にした状態のかたちになっており、にこにこというより、でれでれになっていた。建物の中、階段を6階まで上るとなると手は離れ、おしゃべりも消えてしまった。
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