公園に行ったら1-2匹分の声がするくらいだけど、それでもあの通称17年蝉がいて、荒れた私の心を和ませてくれる。息子に向かい、「23歳のなったらまたこの声を聞けるね」と言いかけた私の言葉が終わる前に彼は、「パックマンがヘルシーな食事をする」と話し出した。この頃はピコピコゲームのことばかり。母はピコピコよりも、カードゲームがいい。トランプ、花札、かるたのあたり。
5歳になって、かるたで遊べるようになったが、まだトランプは教えていなかった。簡単そうなことでも、意外にハードルが高かったりすると、この世の終わりが来たかのようなすんごい泣き方をされて、こちらがしんどいのでわりに注意するのだ。いつかフィラデルフィアの義姉が「オールドメイド」のカードをくれて、遊び方を教えてくれていた。いわゆる「ばばぬき」だったが、それができたのだ。相手に取ってほしいババをどうしても他のカードよりも高めに出してくるので、私が「これがばばだろうなー」と何度も言い当てると、目を剥いて、「どうやってわかるんだ!」と驚いた。今度はトランプを取り出し、「マッチングゲーム」、つまり「神経衰弱」を教えてみた。興味を持続させるために、大事なことは、こちらが勝ちすぎないこと。成功!次は「七並べ」。7を4枚縦に並べて、手持ちのカードから、続く数字を出し合っていき、早く手の中を空にした人が勝ちである。ここでハードルがシャキーンと上がった。十数枚のカードを手に持って、扇のように広げるという技だった。二人でやるのでカードの枚数が多くなるし、うまく手の中でカードを送って全てをチェックすることができない。「できないよおおお」しかしこれは、手持ちの札も床に一列に広げてよいと納得させることに成功し、ハードル越えを遂げた。
夏に入ってからこの辺のスペースは、息子の限りない質問と、おバカなわめき声と、不平、父か母の落雷、そして泣き声で隙間なく埋まっているようで、正直困っていました。頭の中まで肩こりになってたのが、このトランプの日にほぐすヒントを見つけました。
その日の昼間は公園で、友達と過ごしていた彼は、なにやら笑いが止まらずに、けたけたひーひーけたけたひーひーと笑い続け、それを見ていると、呆れてつられてこっちまで笑ってしまいました。そのうち、「お父さんにまた似て来た」と思ったら、なんだか怒る気がしなくなってきました。
夕食の後片付けが終わって、神経衰弱をして、私が優勢となり、「お母さんは強すぎる、最初からやりたい」とごね出しました。「今からまた始めたらお風呂に入れなくなるし、これでやめたらるいじは負けたってことになるよ。」「もっとやりたいー」「もうやらないなんて言ってない。お風呂の後時間があったらやっていいし、時間がなかったら明日できる。」「ふひひひひひひ、ひっかかったー!」「?」「次の約束を取り付けたかったのだ!」
いつもならこういう展開にならないんです。ごねが止まらず、こちらがたまらずドッカーンと怒るというパターンが通常なのに、この日初めて笑顔で落ちた。あ、そうか、ごねるフリをしてたのか。そうだったのか、と、妙に感心してしまいました。ということは、それをストレートに受け止めて痛がらなくてもよいということか。ごねも、不平も、泣き声も。
精神的に薄皮一枚分軽くなった気分で、お父さんに話してみたのですが、私の歯抜けの英会話も手伝ってか、お父さんにとってそれはガス抜きのヒントには成り得ていないようです。娘はどうしているかといいますと、あらゆる家庭内外の出来事を実況し、聞こえた言葉を繰り返し、2歳児らしくたいへん大きなお声で「ノー!」を何度でも叫び、彼女なりに日々育っているのでありました。
今年の蝉の子供の声を聞くとき私は50代。蝉ほど人にものを考えさせる虫もいないですよ。
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