ふいにおっぱいを止めて、3週間くらい経ちました。頻繁にあげていたので、やはりパンパンに張って痛かったのですが、冷蔵庫に残っていた4分の1カットの白菜を当てて数日、なんとか乗り切りました。本当は序々におっぱいの回数を1日2回くらいまで減らしてーと思っていたんですが、なっかなか、そうは、問屋が卸さないもので、プラン其の一はあきらめ、プラン其の二へ移りました。
ところで、授乳した後はふらふらしたり、ぶるぶる震えたりするほどエネルギーを失うもので、疲れます。疲れると、頭がうまく働かないので失敗したり、いい答えも出せなかったり、人の話を聞いてその意味を理解するのも大変な作業に感じられたり、加えて子供に手がかかるので、行動のひとつひとつに重しをくっ付けているみたいになってきて、それなのに太陽は「今日はいつもより特別ゆっくり」上がってくるわけもなく、毎日押せ押せで過ごし、夜は何度も起きることになって眠れない。そんなだったので、心に余裕がなく、いらいらしやすくなってから長いこと経ってました。いらいらは家族にも伝わって長いこと経っていたため、お父さんからも早く断乳してくれと、何度も言われてました。私だけの問題ではもちろんなかったわけです。プレッシャーを感じると焦って硬直するからもうそれは言わないでくれと、お父さんに頼むと、そうしてくれたので、助かりました。
1ヶ月くらい前から「なんだかお母さんのおっぱい、へんな感じ。味がかわっちゃうのかなあ」などと時々言っておいて、ある日お兄ちゃんの時みたいに、からしを薄めて塗ったら、平気な顔でごくごくやられました。次の日、じゃあ匂いのもっとするやつで、酢。純米酢だ。薄めず塗ったら気がついた。「なんだか今日お母さんのおっぱい、変な味するみたい。おいしくなくなっちゃったみたい。」「ああそうなのね」という顔であっちへ行ってしまいましたが、眠くなったときなんかは、3-4日、おっぱいを前にして泣いていましたが、おんぶなどしてなんとかなだめました。おっぱい以外の方法で寝たことがない子だったので、どうやって寝かせるか、寝るかで私も娘も困惑していましたが、ようやっとこの頃、おんぶに落ち着いてきました。そしたら、今度はおんぶばっかり。1日中おんぶしてほしがります。階段の一番下でごねられると困ります。負けておんぶして、荷物もろとも抱えて上がる6階までの道中、頭の中では巨人の星のテーマ曲が流れたかと思いきや、息子の英語トークを、背の高い草原を掻き分けるような気持ちで理解しようと努めるこの小さき脳よ。
服飾の専門学校の学生だったころ、女性の先生が多かったのですが、クラスがだらけてくると、ピリピリもせずに、気取ることもなく、落ち着いて子供らの注意を向けさせる先生がいました。見た目「お母さん」タイプで、家に帰ったら、さっそく主婦してるに違いないという印象で、たしかお子さんがいらっしゃったと思います。「子供を産んで、育てると、ああいう精神力が培える。かっこいいー。産めるんなら、産みたい。」ほんとにそう思いました。
子供を9人とか10人とか産んで育てて来た私のおばあちゃんたちは、薄い髪をきゅっと後ろに留めて、ひとりは補聴器つけて、静かにこたつにあたって大相撲を観ているのでしたが、なんだか聖人の姿だったような気がしてきました。
しかし、そんなかっこいい先輩たちに近づくための修行とは、やはり厳しいー。厳しい厳しい。10人は絶対無理。
お疲れのお父さん、たまたまにこが何か喋ったのが「マイ、ベイビー」と聞こえたらしく、しかもお父さんのことを言っていると思えたらしく、「私のことマイ、ベイビーって言った!」と叫んで目を潤ませていました。
とにもかくにも、おっぱいが離れて、一段落ついた気分です。夜もよく眠るようになりました。腕時計もできます。
わかってます。成長の段落が変わると違うテーマが押し寄せてくるんですよね。そうそう。ただ 、そういう面倒なことらを抱えたまま、今度は発狂せずに歩けそうな気がします。できるかな。
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