申請していた学校のロッテリーに外れたようなので、諦めて、今度の里帰りは8月の終わりから10月の始めというふうに、祭りと、過ごしやすい気候をねらって行きました。
お父さんはそんなに休みがとれるわけがないので、まずは私が二人を連れて行き、後からお父さんが来るということになったのですが、正直、二人連れて行くのが怖くて怖くて、やめようと何度か考え、公園でお母さんたちにも話を聞くなどして、「3歳なら映画見せとけばいいし、赤ちゃんが3ヶ月ならおっぱいさえ飲めば寝るじゃない」という多数派の意見に、自分を奮い立たせてなるべく前向きに考えるようしてみたので、すが。
ふたを開けたらさあたいへーん。頼りにしていた映画は「アイスエイジ」、「これ見たくない。」見たくなくってどうするんだ!結局おんなじディズニーチャンネルを何十回も見る始末に。3ヶ月の娘は何度おっぱいあげてもおむつ換えても眠れませーん。置けばわんわん泣くのでこっちにかかりきりになってると、お兄ちゃんの機嫌がどんどん悪くなってくるのでした。前方にバシネットがあるということは、私たちは座席から降りてまっすぐ立っていることができないという、たいへん居心地の悪い条件下に置かれることになります。加えてその席は肘掛が不動なので、おっぱいをあげるのに、赤ちゃんの頭が金属の肘掛にぶつからないよう、ものすごい集中力で、変な筋肉を使ってやってるのでした。「間接を外して狭い箱に収まる芸をやる人、テレビで見たな」などと、心のどこかでふと考えました。この便も満席。じっとしてれば赤ん坊は泣きます。立ってうろうろしようかなっと、あっ、「ガラガラガラ・・」ご飯の時間だ!通路に出れない。お兄ちゃんにごはんが来たぞ。「お水ほしい。」「はい、お水ですよ。」「バシャ・・」「っあああああああー!ぬーれーちゃったー!うーあーあーあーあーん、ふーくーがーぬーれー・・」兄が泣くと妹が泣く。「みええええええええー!」もう狭い通路に出たら悪いななんてかわいい考えは吹き飛んだ。シートにティシューを放り投げ、赤ん坊を吠えさせたまま、また妙に滑りやすいテーブルの上のキッズミールのトレイが滑り落ちないように注意を払いながら、靴以外の全ての服を取り替えました。そこを皮切りに、足がむくむ心配の余地無しの、自分との戦いが幕を開けたわけです。エコノミーのシート、倒したところでたかが知れてる。やっと寝始めた息子は、眠りながらいいおさまりを探しているようで、四角い箱にりすを入れてるのかと思うほどばったんばったんと暴れていました。それで黙って落ちたりもしていた。いっそ床に寝かせておけばよかったと、後になって思ったのでした。
その後成田エクスプレス、東京駅での乗り換え、新幹線、おじいちゃんの車を経て、ようやくおじいちゃん家にたどりつくと、この長旅の疲れが功を奏したか、子供ふたりとも、時差ぼけが2日で切り替わったのは助かりました。
そこから先は、いくら実家の親がいるとは言え、お父さんがそこにいないということで出てきた責任感の賜物、飛行機以来の「自分との飽くなき戦い」が、知らず知らず私のテーマとなって、お父さんが来るまで流れていくのでした。
なんといっても毎日が「サルノモリ」「猿の守り」。猿が子守をしているんじゃないかというほど、何の理由もなく子供がひたすら泣くときに用いられる言葉で、この地方特有なのかどうかは知らないのですが、いやはや、靴が濡れたと言って泣き、前の晩に寝てしまい、花火をしそこねたことに気がついて泣き、箱にいれたいおもちゃが大きすぎてフタが閉まらず泣き、泣いてなければ愚痴が止まらない。英語版「北の国からのジュン」みたいにひたすら喋ってて、話が切れない。聞いていないとわかるとまた怒り出してとうとうと責め立てる。私はニューヨークで生活してるとは言え、英語の聞き取りは大変苦手で、つい両手で耳をふさいで「ラーラーラーラー」と声を上げた、残暑の厳しい夕暮れ時である。怒ったり泣いたりしすぎて疲れた兄に、早すぎるから寝るな寝るなと言うと、「キーッ!」と一言放って眠りに落ちた。やっぱり猿がいたんだ。
なるべく田んぼや山のあたりで過ごすように毎日のリズムをつかんでいくうち、サルノモリ傾向がやや収まりました。さらにこの傾向の先には「赤ちゃん返り」が待っており、後にお父さんをぞっとさせることになります。実家の家族や親戚との遊び方もわかってきて、ハイパーな部分はそのままに、愚痴が減りました。
いろいろやりました。そこでしかできないことをたくさん。流水プールもゴーカートももちろんいいのですが、ただおじいちゃんが畑をいじってるあたりで勝手に穴を掘って遊んでる時間なんかが、テレビのコマーシャルじゃないですけど、プライスレスだなと。おじいちゃんはいつもどうりに生活しているだけです。穴を掘ったり、そこから石や虫が出てきて、何か植えて、なってるトマトやぶどうをを好きな時にもいで食べて、皮や種をそこいら辺に投げて、蛇追いかけて、ばったや蛙捕まえて、くるみを拾って、槌で割って千枚どうしで掘り出してもらって食べて、スーパーカブの前に乗せてもらって近くの山道を走ってきたり、雑草や苔を好きなだけむしりとってみたり、そんなことをしてるのを見て、なんだか私自身が満足してました。飛行機乗ってきた甲斐があったと。
今、シートベルトはどこに行こうと思っても必須です。ストローラーに乗せてたって付けてるわけですから、子供には、不思議ではない規則のようなもんでしょうか。そろそろどこの田でも稲刈りだというある日、一台の軽トラが、荷台におばちゃんを一人乗っけて私たちの目の前を通り過ぎました。「What's
that?!」もちろんおばちゃんはヘルメットもシートベルトも付けてません。頭には手ぬぐいかぶせて、二本の手でトラックの後ろにつかまり、ゴム長はいてしゃがんでいるだけなのです。それも荷台。
そして後でこれを経験できたのは、運がよかった。私はストローラーに娘を入れて、兄と共に山の急な坂道を歩いていき、頂上の畑までやってきました。そこにいた畑の人にあいさつしてもうしばらく歩き、さて戻ろうとすると、さっきのおじさんが、急勾配をそのストローラーで行ったら危ないから、トラックの荷台に乗っていきなさいと親切にオファーをくれたのでした。たしかに、下りの危なさは考えて上がってこなかった。私もトラックの荷台は子供のころ依頼で、息子と共に楽しみました。
もうひとつだけ、書き漏らせないのが、「轟轟戦隊ボウケンジャー」。これを一度見せたらすっかり夢中になり、毎日のテーマがボウケンジャー。私の妹が、ボウケンジャーのお面を見つけてきてくれると、それを被って里を、町を、神社仏閣を、無人駅を訪れました。行く先々で、店先を箒で掃いてるおばちゃんなどに「仮面ライダーかな?」と言われ、小さい声で早口に「ボウケンジャ。」と言い、後で愚痴をこぼしてました。後で私の同級生から「ボウケンジャーのお面かぶって得意げになって白人の男の人と歩いてた子供、町で見たよ。うちの母ちゃんもこっちで見たっつってたけど、あれ、こっちの子はあそこまでしないよ。」
撮ったビデオはしっかり持ってきました。ツメも折ってあります。
諦めていた公立の学校、9月に入って学校始まってからお父さんに連絡が入り、通えることになりました。息子は、自分がボウケンジャーであることは、ニューヨークでは友達にもふせておくんだそうです。だから、お願いです。こちらで彼を見かけても、ボウケンジャーのことは言わないでやってください。秘密なんです・・。怒られるー。 |