マンハッタンには高年齢出産が多いようで、それも世界中のどこかから一人でやっ
てきているので親戚など近くにいないような人達が、ここにきて初めてお母さんに
なっているふうに見えます。いやほんと、若いお母さんはだいたい親戚ぐるみでこの
辺に住んでる人達の中にしか見ないもの。
ママ友(ウルグアイ人)の従姉妹も3週間前に男の子を出産したばかりで、今日は
ちょっと散歩に出たところに会いました。彼女も20代には決して見えないお仲間と見た。「赤ちゃんにしては老けた感じの赤ちゃん」だとは聞いていましたが、それはその彼の、まわりを見渡す目が、必死でもなく、あどけなくなく、ぼーっともしてお
らず、しかし注意深そうだったからでしょうか。でも赤ちゃんは赤ちゃん。できたての豆にあんよがちょろりと生えたような可愛らしさとその透明感と存在感はたしかに半径1・5メートルに広がってました。
夏に見た時は、肩にごっそりタトゥーを盛っていたお母さんも、今日は雨交じりの涼
しい午後、黒ずくめに蛍光ミドリのジャケットで、黒い靴には白い縁がついてとってもロッカー。
うちの子がこのくらいだった頃を思い出して「今さぞ大変な時でしょう」と知ったようなことを口にしたら、彼女の答えは「ンー、ザッツ オーライ。」ええーっ。そそそ、そうなのか。みんながみんな、出産後1年は薄暗いジャングルでぜいぜい息切ら
してのサバイバルってわけではないのか!「オーライ」ならいいなあ。響きからしていい。日本風の「バックオーライ、バックオーライ」のように、心を落ち着かせてく
れる。もしかして、わざとそう言い切って自分をおっことさないようにしているのか、いや本当にそうなのか知れない。
お父さんが勤めているレストランにちょいちょい顔を出すのですが、息子はいつもウェイトレスのお姉ちゃん達にかまってもらえて嬉しそうです。わたしはこの隙に体の緊張を解いているので、きっとべちゃっとなって、疲れた顔をしてたんでしょう、毎度。おねえちゃんのひとりが「彼はいい子なんじゃないの?」と聞いてきました。
「いい子だよ。」としか言えませんでしたが、なんとなくすっきりしなかったので、
あとになってまた考え直してしまいました。
いい子でも、どんなにメロウでも、男の子でも女の子でも、こどもはこども。どこかが引っ込んでればどこかが飛び出てる。世話する人間は体と頭のエネルギーを随分と
消耗してるんですよ。
疲れるばかりの子育てかと思いきや、たまに一人にしてもらったりすると、今度は手持ちぶさたでヘーンな感じが付きまとってくる。一晩一人でいたりするともうとても寂しくて眠れない。いつもはベッドの自分の取り分が30センチくらいしかなくなっ
たりして、寝づらくて眠れないのに。
|