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フカフカまんじゅうキック
『ニアミス』
2004/11/20 UP
新潟の実家に里帰りして、その日は松之山温泉で「極楽ごくらく」と唱えていたわけです。きれいにしつらえてあるらしいその露天風呂は「今の時間は男性の方のみです」ということで、お父さんと息子はそちらへ。出てしばらくすると、そこで一緒だったらしい中年の、Gジャンにリーゼントの男性が奥さんとロビーに出てきて威勢よく声をかけてくれました。「いやいや、かーわいいからてっきり女の子だと思ったもんなー!男なんだよ男!ちOOOあんだよちOO[父ちゃんっ!!!」Oー!!!]どはははと笑って団体さんと共にマイクロバスに乗ると、バス内でまた同じことを言っている様子。「・・・・・なんだよ!「父ちゃん!」どはははは「ええええーーうそー!」どははははは本当本当!」漫画みたいな楽しい人と団体さんに、3人でばいばいをしました。
その後は、気になっていたジャズの聴ける蕎麦やさんでおいしいコーヒーを飲んでから、気温の下がってきた山道を車で下りて行きました。

実家に着いて、時差ボケで変な時間に寝付いた息子を布団に寝かせて、茶の間で夕飯前に父母、主人と雑談している時に、地震が来ました。タテともヨコともつかないおおおおきな揺れに揺さぶられてガチャンガチャンと物の割れる音がして、なんとかテーブルの下に入ったころにそれが止まり、息子のところへ行こうとすると照明が落ちました。そばにあったデジカメをつかんで再生にしてそのあかりで廊下を進み、帰ってきたばかりだったので、うまいことまとまって置いてあったかばんやジャケットをひっつかんで外へ飛び出しました。お風呂から出たばかりだった妹も出てきて、皆家から離れたのですが、今度は電信柱が倒れてきはしないかと気になって、しかし電柱も長いし、四方にあるし、どこにいたらいいのかと見渡すと空き地がある。「いや、そこは地盤がゆるい」とだれかが言って、どこにも動けなくなりました。この辺りには活断層があるといつか耳にしたことがあるので、それが皆を引き止めていたかもしれません。父が車を出し、中に乗り込んだものの、車内で感じる余震の揺れは、地面にじかに立っているのよりはるかに大きく、それに驚いて皆で飛び出しました。しかし外では主人のジャケットにくるまって抱かれている息子もたまにぶるぶる震えたりするので、薄着の主人と息子を車に入れて、あとは恐る恐る毛布や石油ストーブを物置から運び出して、発泡スチロールに座って暖をとるのでしたが、やっぱり外というのは寒く、振り向いてかばんを手に取ると、露でびっしょり濡れているのでした。母は気分が悪いとしゃがみこんでいました。私は寒さと緊張でぶるぶる震えてきて、なんだか喋らずにはいられなくなっていました。それに自覚したころ、吐き気がしてきました。

うろこ雲がしだいに流れていき、月がこうこうとあたりを照らし、こんな夜にこんな月夜で不思議な気がしました。母が「この月は一生忘れられない」とまだうずくまって言いましたが、その月が沈みかけるちょっと前、猫の目にそっくりに見えるのでした。それがいなくなると今度は生まれて初めて見た視界いっぱいの星空でした。車のライトも懐中電灯ももったいないのでなるべく使わずにいたので闇でしたが、闇というのは不安なもので、いくら家が大丈夫そうだと言っても暗いと怖くて入りたくないのでした。近所の人々が時々立ち寄って、どこがどうなった、うちはこうだったなどという話をしていきます。闇と寒さの中で石油ストーブを見つめ、自分達の運の良さと、被災しなければわかりえない心細さに、思いをめぐらしました。しばらくして、随分寒いし遅いし疲れているので、思い切って、家の車庫と車内に別れて眠ることに決め、私は暖かい車内で、しかし、起きてしまった息子を抱いて、足も伸ばさず、「こりゃエコノミークラスだ」と、一睡せずに夜明けを迎えました。微震でも大きな揺れになるんじゃないかと構えるので、この晩眠れた人はいなかったでしょう。それにつけても運がよかったのは、息子にケガもなく、しかも時差ぼけで震度6の際には深く寝入っていて、朝の3時まで起きなかったことでした。起きてからは、狭い車内に子グマがいるみたいでしたが。

薄暗い凍える空気の中に黄色いヘルメットの人影が見えて、「あ、おじさんだ」主人がぱっとライトを当てたのにもひるむことなくおじさんはそこでゆっくりと立ちションをし、ゆうゆうと車の方へ歩いてきました。気持ちがやや和んだ朝ですが、ライフラインは滞るし、余震が続いていつまた大きいのが来るかしれないというので、外にいつでも飛び出せる格好で布団をかぶる夜が今でも続いています。時が、日がたつにつれて各地の被災状況が耳に入ってくると、もっと北側の土地のひどい被災状況にぞっとしました。人々は、いつになったら腰が落ち着くのかわからない心もとない安まらないお腹もいっぱいにならない寒い日々を過ごすことに急になってしまったわけで、それも子供の頃から知っている人たちの話となると、なにかなんでか申し訳ないような気になってくるのでした。そこでご飯をいただいていると、なんだかその人たちの分を食べているような気にもなってきて、なるべく早めに東京へ向かうことにしました。雨がぱらつく中を土砂崩れした跡を横目に峠を越えてもらって越後湯沢にたどり着き、新幹線も地震の影響で一時ストップするなどで気をもみながらでしたが、着きました。

JRに乗ると、週刊誌の広告が吊ってあり、中越の地震のネタが、なるべくショッキングに配慮された見出しとなってそこに連なっていたのですが、それはなんというか、浅はかなチラシ。あいかわらず安っぽい雑音となって目から入ってくる。あれでは危機感の足しにもならない。せっかく皆が苦労してるのに「もったいない」と言っては変だけど、あんなふうに人目に触れられるのは嫌でした。もうひとつ思ったのが、避難所生活、子供のころから知っている人達とするのと、東京で全くの他人とするのでは、まるで違うだろうなあと。NYですることになったら自分は大丈夫だろうか。地震はなくともいろいろとあるところだから。体験したのがニアミスで、ほんとに勉強になりました。

文字どおりのエコノミークラスで折り重なって13時間。JFKからタクシーでNYCに入り、見慣れた場所へ来たなーとファースト・アヴェニューを眺めていたら、カウボーイ・ハットにカウボーイ・ブーツの髭ヅラの男が、この11月の寒空に、元気良く半袖Tシャツにおむつを付けて、7ストリートを横断していました。そういうことを忘れていただけに食らったパンチも大きく、何を見ているのかすぐには飲み込めなかったのですが、「おかえりなさーい!」とその白いオムツが私達に手を振ってるイメージも続いて湧いてきて、とにかく戻ってきたんだという安堵感と、天災とは別の危機感が、もにょもにょーとくすぶった、その旅の終わりでした。


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