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Term |
President |
Political Party |
大統領の生年月日・没年
任期時の主な出来事 |
第1代 |
1789-1797 |
George Washington
ジョージ・ワシントン |
None |
- (生)1732年2月22日
- (没)1799年12月14日
- 1ドル紙幣の肖像画
- ワシントンの斧 (George Washington's axe) |
第2代 |
1797-1801 |
John Adams
ジョン・アダムズ |
Federalist
連邦党 |
- (生)1735年10月30日
- (没)1826年7月4日
- 彼の息子ジョン・クィンシー・アダムズは第6代アメリカ合衆国大統領。
- died on the 50th anniversary of the signing of the Declaration of Independence. |
第3代 |
1801-1809 |
Thomas Jefferson
トーマス・ジェファーソン |
Democratic-Republican
民主共和党 |
- (生)1743年4月13日
- (没)1826年7月4日
- died on the 50th anniversary of the signing of the Declaration of Independence. |
第4代 |
1809-1817 |
James Madison
ジェームズ・マディスン |
Democratic-Republican
民主共和党 |
- (生)1751年3月16日
- (没)1836年6月28日 |
第5代 |
1817-1825 |
James Monroe
ジェームズ・モンロー |
Democrat-Republican
民主共和党 |
- (生)1758年4月28日
- (没)1831年7月4日
- "The Era of Good Feeling"
- モンロー主義 |
第6代 |
1825-1829 |
John Quincy Adams
ジョン・クインシー・アダムズ |
National Republican |
- (生)1767年7月11日
- (没)1848年2月23日 |
第7代 |
1829-1832 |
Andrew Jackson
アンドリュー・ジャクソン |
Democrat
民主党 |
- (生)1767年3月15日
- (没)1845年6月8日 |
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1833-1837 |
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第8代 |
1837-1841 |
Martin Van Buren
マーティン・ヴァン・ビューレン |
Democrat
民主党 |
- (生)1782年12月5日
- (没)1862年7月24日 |
第9代 |
Mar 4, 1841
- Apr 4, 1841 |
William Henry Harrison
ウィリアム・ヘンリー・ハリソン |
Whig
ホイッグ党 |
- (生)1773年2月9日
- (没)1841年4月4日
- とても寒さの強い1841年3月4日、アメリカ史上で最長、二時間もの就任演説を行ったハリソンは、この演説中に風邪を引き、一ヶ月後に他界。そのため任期はわずか31日。
- 孫にあたるベンジャミン・ハリソンは第23代大統領 |
第10代 |
1841-1845 |
John Tyler
ジョン・タイラー |
Whig
ホイッグ党 |
- (生)1790年3月29日
- (没)1862年1月18日 |
第11代 |
1845-1849 |
James K. Polk
ジェームズ・ノックス・ポーク |
Democrat
民主党 |
- (生)1795年11月2日
- (没)1849年6月15日 |
第12代 |
1849-1850 |
Zachary Taylor
ザカリー・テイラー |
Whig
ホイッグ党 |
- (生)1784年11月24日
- (没)1850年7月9日 |
第13代 |
1850-1853 |
Millard Fillmore
ミラード・フィルモア |
Whig
ホイッグ党 |
- (生)1800年1月7日
- (没)1874年3月8日
- テイラー死去のため際して副大統領から昇格
- ペリー提督を日本へ派遣 |
第14代 |
1853-1857 |
Franklin Pierce
フランクリン・ピアース |
Democrat
民主党 |
- (生)1804年11月23日
- (没)1869年10月8日 |
第15代 |
1857-1861 |
James Buchanan
ジェームズ・ブキャナン |
Democrat
民主党 |
- (生)1791年4月23日
- (没)1868年6月1日
- 結婚しなかった唯一の大統領 |
第16代 |
1861-1865 |
Abraham Lincoln
エイブラハム・リンカーン |
Republican
共和党 |
- (生)1809年2月12日
- (没)1865年4月15日
- 初の共和党所属大統領
- ゲティスバーグ演説 (「人民の人民による人民のための政治」"government
of the people, by the people, for the people")
- 奴隷制度に反対
- 1865年4月14日フォード劇場で観劇中、南部出身の俳優ジョン・ウィルクス・ブースに後頭部を撃たれ、翌15日午前7時21分に死亡
- 5ドル紙幣と1セントコインの肖像
- サウスダコタ州ラシュモア山国立記念公園 |
第17代 |
18651869 |
Andrew Johnson
アンドリュー・ジョンソン |
National Union |
- (生)1808年12月29日
- (没)1875年7月31日
- リンカーン暗殺後、大統領に昇格
- 政敵である陸軍長官スタントンを罷免したことからThe Tenure Law(政府高官が在職中は罷免を免れる法律)を破ったという口実で弾劾裁判に
- 1869年3月4日に辞任
- 弾劾(impeachment)された最初の大統領
- 1998年12月19日にビル・クリントンが弾劾されるまで唯一の訴追を受けた大統領 |
第18代 |
1869-1873 |
Ulysses S. Grant
ユリシーズ・シンプソン・グラント |
Republican
共和党 |
- (生)1822年4月27日
- (没)1885年7月23日
- 1883年、全米ライフル協会の第8代会長に
- 北アメリカで最大の廟、ニューヨーク市のグラント墓地に埋葬
- 50ドル紙幣の肖像
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1873-1877 |
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第19代 |
1877-1881 |
Rutherford B. Hayes
ラザフォード・バーチャード・ヘイズ |
Republican
共和党 |
- (生)1822年10月4日
- (没)1893年1月17日
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第20代 |
1881
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James A. Garfield
ジェームズ・アブラム・ガーフィールド |
Republican
共和党 |
- (生)1831年11月19日
- (没)1881年9月19日
- 初の左利きの大統領
- 暗殺された二番目の大統領
- 任期はウィリアム・H・ハリソンに次ぐ、6ヶ月と15日
- 1881年7月2日、大統領就任の4か月後にチャールズ・J・ギテオーによって銃撃 |
第21代 |
1881-1885 |
Chester A. Arthur
チェスター・アラン・アーサー |
Republican
共和党 |
- (生)1830年10月5日
- (没)1886年11月18日
- ジェームズ・ガーフィールド暗殺後、大統領に昇格
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第22代 |
1885-1889 |
Grover Cleveland
グロバー・クリーブランド |
Democrat
民主党 |
- (生)1837年3月18日
- (没)1908年6月24日
- 連続しない二期を務めた唯一の大統領
- クリーブランドの肖像は1928年から1946年まで1000ドル紙幣に採用 |
第23代 |
1889-1893 |
Benjamin Harrison
ベンジャミン・ハリソン |
Republican
共和党 |
- (生)1833年8月20日
- (没)1901年3月13日
- 第9代大統領ウィリアム・ヘンリー・ハリソンの孫
- ウィリアムとベンジャミンは現在まで唯一の祖父と孫による大統領就任
- 父子による大統領就任はこれまで二組。第2代大統領ジョン・アダムズと第6代大統領ジョン・Q・アダムズ、第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュと第43代大統領ジョージ・W・ブッシュ |
第24代 |
1893-1897 |
Grover Cleveland
グロバー・クリーブランド |
Democrat
民主党 |
- (生)1837年3月18日
- (没)1908年6月24日
- 連続しない二期を務めた唯一の大統領
- クリーブランドの肖像は1928年から1946年まで1000ドル紙幣に採用 |
第25代 |
1897-1901 |
William McKinley
ウィリアム・マッキンリー |
Republican
共和党 |
- (生)1843年1月29日
- (没)1901年9月14日
- 1900年に再選
- 帝国主義政策
- 米西戦争、フィリピンおよびカリブ海のスペインの旧植民地をアメリカの管理下にした
- 1901年9月6日、無政府主義者レオン・F・チェルゴーズによって銃撃される
- 1928年から1946年まで500ドル紙幣の肖像
- アラスカ州にある北米大陸の最高峰マッキンリー山は彼の名にちなんだもの |
第26代 |
1901-1909 |
Theodore Roosevelt
セオドア・ルーズベルト |
Republican
共和党 |
- (生)1858年10月27日
- (没)1919年1月6日
- 第32代アメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトのいとこ |
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第27代 |
1909-1913 |
William Howard Taft
ウィリアム・ハワード・タフト |
Republican
共和党 |
- (生)1857年9月15日
- (没)1930年3月8日
- 第10代連邦最高裁判所長官 |
第28代 |
1913-1916 |
Woodrow Wilson
ウッドロウ・ウィルソン |
Democrat
民主党 |
- (生)1856年12月28日
- (没)1924年2月3日
- 1902年6月9日、満場一致でプリンストンの学長に任命
- 1910年から1911年までアメリカ政治学協会の会長
- 第一次世界大戦中、アメリカ合衆国を中立の立場に保つ
- 1916年に再選
- 第一次世界大戦後1918年1月8日に、「十四か条の平和原則」を発表
- 第一次世界大戦後和平会談に出席するため1918年12月4日ベルサイユへ出発
- 在職中にヨーロッパへ出向いた最初の大統領
- 肖像は1928年から1946年まで100,000ドル紙幣に使用された(財務省の財務処理のためにのみ使用) |
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1916-1921 |
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第29代 |
1921-1923 |
Warren G. Harding
ウオレン・ガマリエル・ハーディング |
Republican
共和党 |
- (生)1865年11月2日
- (没)1865年11月2日
- 在職中に死去した6番目の大統領
- 大統領に選ばれた最初の現職上院議員
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第30代 |
1923-1929 |
Calvin Coolidge
ジョン・カルビン・クーリッジ |
Republican
共和党 |
- (生)1872年7月4日
- (没)1933年1月5日
- ハーディング大統領の死に際して1923年8月3日に大統領に昇任
- 無口だったことから「サイレント・カル」という愛称で呼ばれた
- 1924年に再選
- 1924年2月12日、ラジオで政治演説を行った初の大統領に
- 大統領職中、「狂乱の1920年代」経済成長
- 「必要以上の税を集めるのは合法的強盗である」との名言を残した
- 「クーリッジ効果」は、クーリッジ大統領夫妻が農場を視察した際の逸話に由来する。(新しいメスの存在がオスの性衝動を活気付けること) |
第31代 |
1929-1933 |
Herbert C. Hoover
ハーバート・クラーク・フーヴァー |
Republican
共和党 |
- (生)1874年8月10日
- (没)1964年10月20日
- 「暗黒の木曜日」:1929年10月24日の10:25、ジェネラルモーターズ株価が80セント下落したのをきっかけに、市場は売り一色となり、株価が大暴落した
-「世界恐慌」:「暗黒の木曜日」に端を発した世界規模の恐慌 |
第32代 |
1933-1941 |
Franklin D. Roosevelt
フランクリン・デラノ・ルーズベルト
(4期) |
Democrat
民主党 |
- (生)1882年1月30日
- (没)1945年4月12日
- アメリカ史上唯一4選された大統領
- 第26代大統領セオドア・ルーズベルトのいとこ
- 任期中に世界恐慌と第二次世界大戦を経験
- 世界恐慌に対する「ニューディール」政策は、I pledge you, I pledge myself, to a new
deal for the American people.」のスピーチから
- 政府による経済政策への介入・団体交渉権保障などによる労働者の地位向上、大規模公共事業による失業者対策・社会保障の充実などを目指した政策
- 第二次世界大戦開戦後はニュー・ディール政策を撤回し産業界と和解 |
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1933-1937 |
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1937-1941 |
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- 第二次世界大戦当初は中立の体制をとっていたが、日本のアジアにおける勢力拡大に対し警戒心を抱いており、それまであった黄禍論や日系人排斥運動に同調し、大統領命令9066によって米国内に在住の日系人110,000人を強制収容・隔離する政策をとる
- 原子爆弾の開発計画である『マンハッタン計画』を強力に推進。この計画は後にトルーマン大統領によって日本への爆弾投下が決行される |
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1941-1945 |
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- 1941年12月7日(日本時間で12月8日)、日本軍による真珠湾攻撃
- 1943年1月14日、飛行機で旅行する初の大統領に
- 1945年2月、ヤルタ会談に出席
- 1945年4月12日、脳卒中により死去
- 10セント銀貨の肖像
- 1921年にポリオの後遺症により、下半身が不自由で車いすを常用していたが、生前は車いすの姿をマスコミに見られるのを非常に嫌ったため、、ルーズベルトが身体障害者であったことは米国民にはほとんど知られなかった。実際、彼の車椅子姿の写真は2枚しか知られていない。 |
第33代 |
1945-1949
(1945年4月12日-) |
Harry S. Truman
ハリー・S・トルーマン |
Democrat
民主党 |
- (生)1884年5月8日
- (没)1972年12月26日
- 1945年、ルーズベルト大統領の死を受けてに副大統領から昇格
- 最初の選挙戦に於いてクー・クラックス・クランの支援を得るため同団体に加入
- 1945年7月、ポツダム会談に参加
- 26日にはソ連抜きのアメリカ・イギリス・中国の3国によるポツダム宣言が発表される
- 日本への原子爆弾投下を指示
- 原爆投下命令はポツダム宣言発表の1日前、7月25日に行われていた
- 「トルーマンドクトリン」: “武装少数派、あるいは外圧によって試みられた征服に抵抗している、自由な民族”を支援する政策。共産主義のドミノ現象を抑えるため。
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1949-1953
(- 1953年1月20日) |
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- 1950年6月25日 - 1953年:朝鮮戦争 |
第34代 |
1953-1957 |
Dwight D. Eisenhower
ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー |
Republican
共和党 |
- (生)1890年10月14日
- (没)1969年3月28日
- 愛称は「アイク」(ike)
- 第二次世界大戦中のヨーロッパの連合軍最高指揮官
- 1948年7月、コロンビア大学の学長に選ばる
- アイゼンハワーは政治への関心がなく、共和党員なのか民主党員なのかも知られていなかった
- 1952年の大統領選では、民主および共和両党から候補として要請され、民主党が20年間大統領を輩出し、その変更を国が必要としたので共和党を選んだとしている
- 1953年7月27日、朝鮮戦争停戦成立
- 1956年、スエズ運河の管理に関する論争でイギリスとフランスのエジプトへの軍事介入を強く批難(スエズ危機)
- 1957年、レバノンへ軍隊を送る
- またシャー・マホメット・レザ・パーレヴィが権力を回復するためのイランでのクーデターを支援(中東問題) |
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1957-1961 |
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- マッカーシズム
- 1960年 - 1975年:ベトナム戦争(第二次インドシナ戦争の通称名)
- 肖像は1971年から1978年までの1ドル銀貨に使用された |
第35代 |
1961-1963 |
John F. Kennedy
ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ |
Democrat
民主党 |
- (生)1917年5月29日
- (没)1963年11月22日
- アイルランド系
- 43歳で当選、最も若い大統領に
- (セオドア・ルーズベルトはケネディより若い42歳で大統領になったが、ウィリアム・マッキンリーが暗殺された後を埋めるため自動的になったもので、選挙で選ばれた大統領はケネディが史上最年少である)。
- 最初のカトリック教徒の大統領
- キューバミサイル危機:1962年10月15日から13日間続いた米ソ間の冷戦が頂点に達して核戦争の危機を招いた国際緊張
- アポロ計画 「1960年代のうちに人類を月に送り込む」と演説
- 1963年11月22日、遊説先のダラスにて暗殺
- 50セント硬貨の肖像
- ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港
- フロリダ州のジョン・F・ケネディ宇宙センター |
第36代 |
1963-1969 |
Lyndon B. Johnson
リンドン・B・ジョンソン |
Democrat
民主党 |
- (生)1908年8月27日
- (没)1973年1月22日
- 1937年10月30日、フリーメーソンの位階を受け取る
- ジョン・F・ケネディ暗殺後、大統領に昇任
- |
第37代 |
1969-1974 |
Richard M. Nixon
リチャード・ニクソン |
Republican
共和党 |
- (生)1913年1月9日
- (没)1994年4月22日
- クエーカー教徒
- 、「ヒッピー」文化や保守主義者、反戦論者らを嫌っていた大多数の「サイレント・マジョリティ」に向かって政策を主張
- 1969年7月25日にニクソン・ドクトリンを発表し、ベトナム戦争への過剰介入を抑制しようとした
- 1969年7月30日にニクソンは南ベトナムへ予定外の訪問をし、グエン・バン・チュー大統領および米軍司令官に会った
- 1970年4月には、カンボジアへ侵攻
- 翌1971年2月にはラオス侵攻
- 1972年1月5日に、スペースシャトル計画を命じた
- 1972年2月21日、アメリカの大統領としては初めて中国を訪問。中華人民共和国を事実上承認した
- 1974年2月、第一次オイルショックによるオペックの石油禁輸の影響から、ガソリン節約を目的とした自動車の最高速度を55mphに制限する法案に署名
- ウォーターゲート事件
- 1974年5月9日、下院の司法委員会はニクソンに対する弾劾審問を開く
- 1974年8月9日辞職
- 副大統領ジェラルド・R・フォードが彼に代わって就任し、9月8日に恩赦を行った。ニクソンはまだ無罪を宣言していたが、恩赦の受理は有罪を意味した
- ニクソンに関係する映画:
All The President's Men (1974)
Nixon (1995) |
第38代 |
1974-1977 |
Gerald R. Ford
ジェラルド・R・フォード |
Republican
共和党 |
- (生)1913年7月14日
- 前任のリチャード・ニクソンがウォーターゲート事件で辞任したため副大統領から昇格
- 唯一選挙なしでの副大統領職および大統領職就任
- 1975年5月、マヤグエース号事件
- |
第39代 |
1977-1981 |
James E. Carter, Jr.
ジミー・カーター |
Democrat
民主党 |
- (生)1924年10月1日
- 2002年、ノーベル平和賞受賞
- 2002年5月、キューバを訪れフィデル・カストロと会う |
第40代 |
1981-1985 |
Ronald W. Reagan
ロナルド・レーガン |
Republican
共和党 |
- (生)1911年2月6日
- (没)2004年6月5日
- 愛称「ロン」
- 最年長で選出された大統領(69歳349日)
- 大統領に選ばれた最初の(現在唯一の)離婚経験者
- レーガノミックス: 経済を刺激するために大きく全面的な減税を備えた供給重視経済学に基づいた経済政策。激しい軍事支出の増加と結合した減税が特徴
- 負債はレーガンの就任時と、後継者ジョージ・H・W・ブッシュの就任時の間におよそ200%分増加
- ソ連との冷戦
- イラン・コントラ事件 |
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1985-1989 |
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- 1992年、アルツハイマー病と診断
- 1998年2月6日、ワシントン・ナショナル空港がロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港と改名 |
第41代 |
1989-1993 |
George H. W. Bush
ジョージ・H・W・ブッシュ |
Republican
共和党 |
- (生)1924年6月12日
- 第43代大統領ジョージ・W・ブッシュの父
- ブッシュ家は、女系で辿っていくとイギリス王室の子孫だという
- 家族は、父親の上院議員職、長男ジョージ・W・ブッシュのテキサス州知事および大統領、三男ジェブ・ブッシュのフロリダ州知事と、政治的な成功としてなぞらえられ、ジョン・アダムズおよびケネディ家のそれと比較された
- 湾岸戦争で国連をリード
- 1990年、 サダム・フセイン率いるイラク軍が、南の隣国クウェートへ侵攻。米軍を主とする国連軍はクウェートからイラク軍を撃退。サウジアラビアの防衛を保証した。
- 1997年、テキサス州ヒューストンのジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港はに彼にちなんで改名された |
第42代 |
1993-1997 |
William J. Clinton
ビル・クリントン
(ウィリアム・ジェファーソン・クリントン) |
Democrat
民主党 |
- (生)1946年8月19日
- 愛称「ビル」
- 妻のヒラリー・クリントンはニューヨークの上院議員 |
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1997-2001 |
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第43代 |
2001- |
George W. Bush
ジョージ・W・ブッシュ
(ジョージ・ウォーカー・ブッシュ) |
Republican
共和党 |
- (生)1946年7月6日
- 父親の ジョージ・H・W・ブッシュ (George Herbert Walker Bush) は第41代大統領
- MBAの称号を持つ初めての大統領
- 2001年9月11日、ニューヨークとワシントンD.C.で同時多発テロが発生
- 2001年10月7日、アフガニスタン侵攻開始
- 2003年3月、イラクへの侵攻を開始(イラク戦争)
- 新保守主義(ネオコン)
- ミドルネームの「 W 」を本人がテキサス方言で発音すると、ダブヤと聞こえるため、米国のマスコミはダブヤというニックネームを付けた |